第9回:命を預かる覚悟。〜退院に向けた医療的ケアの特訓〜

治療日記

退院という大きな目標が見えてきた頃、私と夫の前に立ちはだかったのは「医療的ケア」の習得という大きな壁でした。 これまではNICUのプロのスタッフの方々が当たり前のようにしてくださっていたケアを、これからは私たちが我が家で、通常のお世話に加えて、24時間体制で責任を持って行わなければなりません。

我が子を家に連れて帰れる喜びと同時に、「私たちがこの子の命を直接預かるんだ」という恐ろしいほどの重圧が押し寄せてきた日々でした。

「お母さん」から「専属のケアチーム」になる日々

退院に向けて教えていただいたケアとしては以下のようなものがありました。

  • 沐浴
  • 気管切開バンド交換
  • 与薬
  • 浣腸
  • 胃管交換
  • カニューレ交換
  • 呼吸器の回路交換
  • ベビーカー&チャイルドシートへの移乗
  • 蘇生

最初は、アラームが鳴るたびにビクッとして、何度も看護師さんに助けを求めました。それでも、娘と一緒に家に帰るためには、私たちが強くなるしかありません。人形を使ったシミュレーションから始まり、実際の娘の身体での実践へと、何度も何度も手を動かしながら、少しずつ「娘専属のケアチーム」としての自信をつけていきました。

慎重を期す「ミルクの滴下」と「痰の吸引」に潜むリスク

お腹の経過を見ながら進められたミルクの滴下(経管栄養)練習も、日常の重要なケアでした。 娘の場合、嚥下の評価がなかなかできていなかったため、鼻から挿入している胃管からミルクを注入していました。滴下する速度が早すぎれば吐き戻して誤嚥(ごえん)を起こし、遅すぎれば必要な栄養を吸収できません。シリンジを使った胃残の確認や注入ポンプの操作、自然滴下の速度の感覚、チューブ内に空気が入らないようにする細やかな配慮など、一滴一滴に心を配りました。

また、ケアの中でも最も神経をすり減らしたのが、痰の吸引練習でした。

カニューレ(気管切開の管)を通した吸引は、単に「溜まった痰を取る」だけではありません。吸引を行っている間、娘は呼吸ができません。 だからこそ、時間がかかりすぎてしまえば低酸素状態に陥ってしまうため、手早く、的確に終えなければなりませんでした。

さらに恐ろしかったのは、カテーテルを入れすぎるリスクです。 奥深くに入れすぎてしまうと気管の粘膜を傷つけ、そこに「肉芽(にくげ)」と呼ばれるイボのような組織ができてしまうことがあります。気管にできた肉芽は治療が非常に難しく、そのまま成長していくと気道を塞ぎ、最悪の場合窒息に至る危険性があります。

カニューレ交換と胃管挿入、蘇生練習。震える手で挑む技術

日常的なケアにとどまらず、トラブル時や定期交換のための手技も叩き込まれました。

娘は通常、呼吸器で呼吸しているため、もし喉の気管カニューレが抜けてしまうと呼吸の手段を失ってしまいます。万が一管が抜けてしまった緊急時、迷わず自分の手で正しく気道へ管を入れ直さなければなりません。気管カニューレの再挿入練習では、気管切開の手術をしてくださった耳鼻科の先生に立ち会っていただき、小さな喉の穴に、正確に、素早くカニューレを入れる練習を何度も行いました。

また、胃管の挿入練習も同様に緊張の連続でした。 鼻から胃までチューブを入れなければならず、娘は毎回大泣きで、痛くて辛いだろうなと想像するだけで私も辛くなってしまします。また、正しく胃にチューブが届いているかを確認するため、挿入したチューブの長さの確認と、シリンジで空気を胃に入れての胃泡音の確認、胃の内容物が引けるかを確認します。一歩間違えれば気管に入ってしまっている危険があるため、確認は慎重に行います。

そして何より心が押し潰されそうだったのが、緊急時の蘇生練習です。

カニューレが詰まった時、心脈拍が低下した時。アンビューバッグ(手動の人工呼吸器)を使って娘に酸素を送り込むバギングや、胸骨圧迫の手順を学びました。 「家では、誰も助けに来てくれない」 「先生も看護師さんもいない空間で、私たちが第一発見者であり、処置者になる」 人形で蘇生訓練を行いましたが、その状況を想像するだけで怖くて涙が出そうになり、「この子の命は私たちの手にかかっているんだ」という覚悟を嫌でも自覚させられる時間でした。

管と一緒に移動する大仕事。ベビーカーとチャイルドシートへの移乗

 そして、もう一つの大きな試練が「移動の練習」でした。 医療機器やチューブが繋がった状態の娘を、ベッドからベビーカーやチャイルドシートへと移す作業。身軽な赤ちゃんをヒョイと抱っこして乗せるのとはわけが違います。

管が引っかからないように、機器の位置を確保しながら、娘の小さな身体をそっと支え、チューブの動線を整える。一つひとつの動作に細心の注意が必要で、一つ工程を終える頃には夫婦揃って変な汗をかいている状態でした。

何度も失敗し、不安になりながらも手を動かし続けたのは、「娘と一緒に家に帰りたい」という一心があったからでした。
ただ愛おしい我が子を抱きしめるだけではなく、この子の呼吸を守り、栄養を届け、生命を繋ぎ止めること。 医療的ケアの特訓は、私たちが母として、親として、本当の意味で娘の命と向き合うための大切なステップでした。

次回、転院に伴い呼吸器がつながった娘が飛行機に!?転院の移動の様子などをお伝えします。

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