第7回:母の意地と、娘の力。〜自力で会いに行くための、再挑戦の日〜

治療日記

手術から数日。娘はNICU(新生児集中治療室)で、私はMFICU(母体胎児集中治療室)で、それぞれが自分の壁と戦っていました。

TATチューブから届ける、初めての栄養

全身麻酔での術後の娘は、手術当日はミルクは0mLでしたが、手術翌日から腸を少しずつ動かす練習を始めました。胃管も入っていますが、いきなり胃にミルクを入れると手術した腸の部分に負担がかかってしまうので、まずは手術で繋ぎ合わせた部分のさらに先まで入っている「TATチューブ(経吻合部チューブ)」という管を通し、そこから直接、私の初乳を腸へ届けました。朝一のミルクは5mLからスタートし、順調に消化できていたのでその日の夜には40mLまで増やしてもらえました。

娘が痛みを感じているのかどうか、私にはわかりません。けれど、何本もの管に繋がれながらも、私の初乳を栄養にして懸命に生きようとしている娘の姿に、言葉にならない愛おしさを感じていました。「少しでも力になりますように」と、搾乳にも自然と力が入ります。

悔しさに震えた、午前中のリハビリ

一方で、私自身は帝王切開の術後1日目から、看護師さんに車椅子を押してもらって面会に行っていましたが、目標は「自力で歩いて会いに行くこと」でした。

術後3日目の午前中。「自分で立って歩いてトイレまで行けたら、尿の管を抜いて自由になれますよ」と看護師さんに言われ、寝返りや起き上がる際の傷口の痛みに徐々に慣れてきていた私は、できる気満々で意気揚々と挑戦しました。
けれど、現実は甘くありませんでした。
いざ立とうとすると、普段貧血は全くない私ですが、激しい貧血のような血の気が引くような症状に襲われ、立つだけで精一杯。2回挑戦しましたが2回とも一歩も踏み出すことができず、失敗に終わりました。

「自由に歩いて、会いに行きたいのに。。」
歩けない自分が情けなくて、悔しくて、午前中は結局また車椅子に揺られながら、やり場のない気持ちで娘に会いに行きました。

「お母さんの底力」に驚かれた午後

ところが、お昼を食べてすぐの午後。 娘の顔を見てパワーをもらったからでしょうか。
「今度こそ」と再トライした私に、自分でも驚くような変化が起きました。

午前のふらつきが嘘のように、スッと立ち上がり、そのままスタスタとトイレまで歩くことができたのです。 午前中と同じ看護師さんが担当してくださっていたのですが、「午前中のあの姿はどこへ!? 同じ人とは思えない!すごいですね!!」と、その劇的な変化に目を丸くして驚かれてしまいました。

午前中に娘に会いに行ってパワーをもらい、さらに自分で歩いて娘に会いたいという執念が、体調の悪さを吹き飛ばしてくれたのかもしれません。

手に入れた「自由」と、娘への一歩

無事に尿の管も抜いてもらい、私はようやく自分の足で歩く自由を手に入れました。
車椅子の高さから見上げる娘ではなく、自分の足で立ち、同じ目線で向き合える。

一歩、また一歩。 傷口の痛みを伴う体を引きずるようにして病棟を歩く時間は、私にとって娘へと近づく、何よりも誇らしい行進でした。自分の会いたい時にいつでも娘に会いに行ける幸せを噛み締めました。

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