娘がこの世に誕生してから、わずか24時間。喜びを噛みしめる間もなく、娘は人生最初の大勝負である「十二指腸閉鎖の手術」に向かいました。
「必ず成功させます」医療チームに託した背中
手術当日のお昼、夫と二人で手術室の前まで娘を見送りました。 そこには、各分野のスペシャリストたちがチームとして集結していました。「いよいよなんだ……」という緊張と、こんなに小さな体にメスが入ることへの恐怖で、私の目からは自然と涙が溢れてきました。
そんな私に、スタッフの皆さんは優しく声をかけてくださいました。
「娘さん、大切にお預かりしますね。必ず成功させます」
その力強い言葉に、震える心で「お願いします」と娘を託しました。
予定時間を過ぎても来ない連絡。祈り続けた7時間
手術時間は5〜6時間と聞いていました。 しかし、6時間を過ぎても連絡は来ません。時間が経つにつれ、何かあったのかと心配が募り、夫と二人、無言で祈るような気持ちで待ち続けました。
7時間が経とうとした時、ようやく先生から「無事に終わりました」と連絡が入りました。 遅れた理由は、手術そのものではなく「挿管(呼吸の管)」にありました。手術管理のために細い管から太い管に入れ替える際、喉の構造の影響で難航し、2時間ほどかかってしまったとのこと。
十二指腸の手術自体は無事に成功。その言葉を聞いて、ようやく一息つくことができました。
術後、麻酔で深く眠っている娘の顔を見て、まずは「よく頑張ったね」と心からホッとしました。
予期せぬ告知。「喉」と「顔」に隠されていたもの
しかし翌日、麻酔科の先生からのお話で、再び心は激しく揺さぶられます。 挿管に難渋した原因は、娘の喉が通常よりも狭かったことにあったようです。
「耳や下顎の小ささ、口周りの特徴も含め、第一第二鰓弓(さいきゅう)低形成の可能性があります」
それは、出産前には一度も聞いたことのない新しい病名でした。お腹にいた時から覚悟していた疾患に加え、さらに喉や顔周りにも課題がある……。
「これからこの子はどうなってしまうの?」
受け止めきれない不安が波のように押し寄せ、私は先生の前で堪えきれず涙を流してしまいました。
検索の手が止まらない、暗闇の病室
その夜、MFICU(母体胎児集中治療室)の大部屋に戻った私は、消灯後の暗闇の中で一人、スマホを握りしめていました。 「第一第二鰓弓低形成とは」「第一第二鰓弓低形成 治療法」「顔の特徴 画像」 検索しては娘の顔を思い浮かべ、将来への不安が際限なく膨らんでいきます。自然と涙が溢れて止まらず、嗚咽が出そうになりました。
大部屋のため他の人に迷惑をかけてはいけないと思い、震える指でナースコールを押しました。 看護師さんは私を別室へ連れ出してくれました。この現実を受け止めなければならないということはわかっていますが、止まらない不安を抑えきれない、まとまらない私の話を静かに聞いてくれました。
あの夜、誰かに話を聞いてもらえたことが、どれほど救いになったか分かりません。
少しずつ、でも確実に、私は「病気の子を持つ母」としての現実に足を踏み出していました。 けれど、心だけでなく、まずは自分の「体」を立て直さなければ、娘のそばに居続けることはできません。
次回、私の母としての「意地」が試されるリハビリが始まります。「自力で歩いて会いに行きたい」と願う私に立ちはだかる壁。午前中の挫折と、午後、看護師さんを驚かせた「奇跡の復活」についてお話しします。

