前回の記事では、突然の病気の指摘に戸惑い、胎動に勇気をもらったお話をしました。 今回は、そこから急転直下で進んだ「里帰り」と、検査中に起きた忘れられない出来事について綴ります。
家族3人で聞いた、宣告の日
精密検査の結果を聞きに行く日。私の不安を察した母が、わざわざ遠くの地元から駆けつけてくれました。病院の廊下で、私と夫、そして母。3人で肩を並べて先生の言葉を待っていたあの時間の重さを、今でも鮮明に覚えています。
そこで告げられたのは、想像以上に厳しい現実でした。 「先天性十二指腸閉鎖症」の疑いに加え、「心疾患」と「内反足」の指摘。 重なる病名に、足元が崩れ落ちるような感覚でした。一人では到底抱えきれなかった衝撃を、夫と母が隣で一緒に受け止めてくれたからこそ、私はなんとか踏みとどまることができました。
「命を繋ぐ病院」を探して
さらに追い打ちをかけたのが、病院探しの難しさでした。 娘には多くの科にわたる治療が必要で、特に出生後間も無く腸の手術が控えています。
- NICU(新生児集中治療室)を完備していること
- 小児外科の症例が充実していること
- 多科にわたる病気をすべて診られる体制があること
「この子を確実に救える場所はどこなのか」という切実な願いを胸に、必死の思いで里帰り先でこれらの条件を満たす病院を決めました。
1週間での「緊急里帰り」
羊水過多の影響でいつ破水してもおかしくない状況だったため、先生からは「里帰り先で産むつもりなら、来週にでもすぐに帰ってください」と指示がありました。
そこからは怒涛の1週間でした。 仕事に穴を開けてしまう申し訳なさを感じつつも、職場に事情を説明して急遽お休みをいただく手続きを進め、慌ただしく地元の実家へと戻りました。
平穏な日常から一転、私の生活は「娘の命を守る」ための戦いへと突入したのです。
「選ぶため」ではなく「迎えるため」の検査
里帰り先の病院で改めて詳しい検査を行なっていく中で、「羊水穿刺(ようすいせんし)」を受けることになりました。 複数の疾患がある場合、何らかの染色体異常の可能性があるため、それを調べるのが目的でした。
実は、妊娠初期にも夫婦で出生前診断について話し合ったことがありました。 でもその時は、もし何かあった時にどう決断すればいいか決めきれず、「どんな子が生まれても、うちの子なら可愛いよね」と、検査をせずに継続する道を選んでいました。
今回の羊水検査は、決して「産むか産まないか」を選ぶためのものではありません。
「どんな状況で生まれてきても、最高の準備をして迎えてあげたい」
夫婦の覚悟を固め、出産後の医療体制や生活環境を整えるための、前向きな「準備」としての決断でした。
先生を困らせた、小さな意思
検査当日は日帰り入院のため、朝病院へ行きました。
午前中に赤ちゃんの心拍の確認をした後、経腹エコーで針を刺す位置決めを行いました。赤ちゃんに針が刺さらないよう、針を刺す部分は赤ちゃんが見えない羊水が溜まっている部分でした。
午後になり、分娩室に移動して、改めて経腹エコーで針を刺す部分を確認してもらうと、なんと赤ちゃんがちょうどその部分を陣取っていたのです。 「あれ、ここに針が刺せないね」 先生は困っておられ、何度も移動してほしいなと赤ちゃんにお腹の上からトントン刺激していましたが、全く動く気配がなく、優しくこうおっしゃいました。
「赤ちゃんがお母さんを守ろうとしてくれているんだね」
その言葉を聞いた瞬間、検査に対する不安と緊張でいっぱいだった私は堪えていた感情が溢れそうになりました。 「守らなきゃいけないのは私の方なのに、この子はもう私を守ろうとしてくれているんだ」
無事に検査が終わり、一人で安静にしている病室のベッドの上で、涙が止まりませんでした。
娘はもう、お腹の中で意思を持って生きている。そして、私を支えてくれている。
あの日お腹の中で私を守ろうとしてくれた娘の強さを思い出すと、不思議と勇気が湧いてきました。
「どんな結果が来ても、私はこの子を一生をかけて守っていく」
一歩ずつ、私は本当の意味で「お母さん」への階段を登り始めていました。
次回、 羊水検査の結果を待つ間、私たちの絆はさらに深まっていきました。夫婦で考え抜いた娘の名前と、義理のお母さまから届いた「祈りの刺繍」についてお話しします。


